曇り空のかけら

職業的放送作家の日々の備忘録です。

100%の怠惰を目指す(2025.12.21)

Dec.21(Sun.)

 

■今日という日。

 

怠惰に過ごすことにした。何もしない。100%の休日を目指す。

 

昼前から揉まれに行く。日曜日に行くことは珍しい。怠惰な日にはふさわしい行動だ。

 

昼食は『さばのゆ』へ。週末限定でランチを始めたので。具だくさんの中華粥。

今日はたまたま妙に気温が高い日だったが、この先、寒い週末にはよく合いそうだ。この店に来ると条件反射で酒を頼みたくなるのだけが要注意だけれども。

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常連客からもらったという国会土産のおすそ分けを頂く。こんなものを売っているのか。ジョークグッズならぬジョークスイーツかと思った。いや、今ならばブラックジョークスイーツか。

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ドラマ『火星の女王』第一話を録画視聴。小川哲が原作だが、インタビューを読むと、最初にドラマ制作陣と打ち合わせをしてあらすじや登場人物を決め、脚本化されたものを本人が書き下ろし小説にしたそうだ。その小説版はすでに読んでいる。それで気になったのは、物語で重要な役割を果たす“物質”のことだ。小説版とドラマ版では“物質”の設定が異なる。小説を読んだ時、この設定をドラマで表現するのは大変そうだと思ったものだが、違う設定となっていた。最初からドラマと小説では異なる設定にすると決めていたのか。それにしても、ドラマにおける“物質”の扱いはいささか雑だ。説明も発見のされ方も。最終回までに、もう少し設定をちゃんと説明してほしいものである。

 

これは言っても詮無いことだけど、メインの登場人物のひとりである女性をどうして盲目にしたのだろうか。彼女が盲目になった原因というのはちゃんと物語に組み込まれているので、必然性がないわけではない。小説では章ごとにある人物の一人称で書かれているため、盲目という設定が効いている。彼女が見えていないことを読者が共有できる。でも、ドラマだと彼女の様子を客観的に映すので、すべてが丸見えだ。盲目という設定を活かすもっといい演出があったのではないだろうか。

 

家人たちが新潟からに帰ってくる。今夜会う予定だった友人が発熱したということで、家族三人で夕食となった。ガラムマサラへ行く。店主のハサンさんが、いつも家人(小)のことを尋ねてくるので、連れて行くことができてよかった。

 

『メタモルフォセス群島/筒井康隆』(71)読了。

筒井康隆を未読の方に勧めるなら最初の1冊は何がいいか?と考えた時に浮かんだ短編集。ドタバタ、ブラックユーモア、SFと筒井康隆の魅力がいい感じに入っている。エンタメ濃度の高い作品も多いし。